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「どうでもいい」という言葉の意味

 お久しぶりに去年の暮れにあった一件を。

 暮れに娘と私が風邪をひいてダウンして、その後回復した週末。久しぶりに精のつく食事をしようという事になり、三人で焼肉屋に行きました。食事を始めて少ししてから、私は胃の痛みを覚えましたが病み上がりだったので、肉の脂が胃の負担になったのかとスローペースで食べていました。

 けれどいつまで経っても胃の痛みは治まらず、今度は吐き気を感じるように。せっかく楽しく食事している所なので、誰にもそれは訴えずにスローペースを保ったまま、無理のない範疇で食事をしていました。が、焼肉の終盤、強くなる胃の痛みと共に吐き気も強くなり、目眩、耳閉感、視界がどんどん霞んで意識が薄れていくのを感じ、まずいと思ったのでそこでダンナに現状を訴えました。

 

 とりあえず吐いてしまうとお店にも他のお客さんにもご迷惑この上ないので、トイレに向かおうと立ち上がりました。娘も付き添ってくれるつもりで一緒に立った時、視界がぐるーっと回り始めて立ってる事も出来なくなり、再び座席にぺたり。意識が朦朧とし始めたので意識を失った後、救急車を呼んだ時にダンナが症状を伝えられるよう、現状の症状を慌てないよう淡々と伝えておりました。

 しかし、ダンナは私の様子をただ黙って見ている様子のまま、一言。

 

「どうでもいいから」

 

 そう言われた時、朦朧とする頭ではその意味を全く理解できず、微かに見えるダンナの様子は、倒れないよう私を支えたり声をかけてくる娘とは真逆の、ただただ静観している、という非常に気味が悪い様子として私には見えました。なのでここで意識を失えば、その後どう扱われるか解らない、娘の不安も私ではフォローできなくなると思い、意識を保つ事に必死でした。

 手は震え、動悸が激しく全身から汗が吹き出し、強い胃の痛みと耳閉感による周囲の音の遠のき、視界は霞んでほぼ見えない状態で私自身も不安で怖くて、やはり口は症状をダンナに訴えながら。

 

「いや、それはどうでもいいから」

 

 他にも何か言ってた気がしますが、強烈に頭に残った言葉がこの「どうでもいい」です。その後、吐いてしまう事を一番避けたかったので目眩が少し収まった所で娘と一緒にトイレへ。幸い、お店の方にも周囲のお客さんにも悟られずに済みました。騒ぎになってしまうと申し訳なかったので。

 しばらく個室に篭っていると吐き気はその後はどんどん収まり、震えも収まり、胃痛も収まり、視界もクリアになってきました。音も戻ってきてひと安心。食中毒? と一瞬思いましたが同じものを食べた家族に何も問題が無かったので、私は個室に篭ったまま携帯で症状を調べてみると、どうやら低血糖を起こしたようでした。

 病み上がりで食事の前にアルコールを摂ったので、たぶん急激に血糖値が上がり、その後一気に下がったためでしょう。どれくらい個室に篭っていたかはあまり覚えていませんが、時々娘が声をかけに来てくれてました。

 

 食事はとっくに終わっていたので、長居してしまったけれど店員さんは全く嫌な顔ひとつ見せず、私を待つダンナと娘と軽い雑談をしたりしてくれていたそうです。ようやく回復し、歩けるまで戻ったので席に戻り、騒ぎにもならずにお店をあとにする事が出来ました。こんな事は初めてだったのでびっくりしました。

 

 ダンナの我関せずな態度と私の状態に関しての「どうでもいい」発言。

 これは近々話し合う必要があるなと思いました。娘のいない時に、と。

 

 翌日は最寄りの個人病院の内科へ行きましたが、症状を伝えると「うちではないですね」と受け付けて貰えず、別の個人病院の耳鼻科に行きました。目眩、の部分で耳鼻科を指定されたんだと思いますが、耳鼻科でも色んな検査した結果は問題なく、お医者さんに「なんで内科いかないの?」と言われ、内科で受け付けて貰えなかった事を言うと首を傾げて、「うーん、内科医じゃないからなんとも言えないけど聞いた限り、低血糖っぽいけどねえ」と。もしくは脳神経外科、心療内科、と言われました。そのまま帰ってきましたけど。

 転勤によって新しい土地に来てまだ一年も経っていません。最寄りには小さな個人病院があるだけで、大きな病院はちょっと遠いし、総合病院はまずは個人病院にかかって紹介状を貰わないと受診できないので、その最寄りの個人内科にかかりたかったんですが……まあしょうがないです。

 

 で、娘が塾の冬期講習会に出ている日にダンナも有給で休みだったので、その日に話し合いました。ダンナの言い分は以下です。

 

・自分は医者じゃないので症状を訴えられてもどうにもできない事

・自分が考えなきゃいけないのは、チカコが倒れてからの事

・見た感じ低血糖なのはすぐ解ったから、長く続くものでは無い

・ここで自分が慌ててもどうしようもないから、落ち着く為に必死だった

・つまり自分もパニックに陥っていた(同じ事が起こった場合、またパニックになると思うので言葉は悪いがまた「どうでもいい」とは出てしまうだろう。その時はすまんけど堪えてくれ)(本当にこう言った)

 

 この言い分に対して私が言った事が以下です。

 

・まずはその時パニックになってるのは私本人です

・不安から症状を訴えて、(家族だけに)現状の周知をしようとしました

・意識も朦朧とした状態では理屈を考える事は難しく、こういう場合は感情面が前面に出ます

・身体の異常を訴え、不安を訴えても傍観、静観、挙句に「どうでもいい」と言われた時の私の心情

・今後同じ事が起こった時にも見放すような態度で力になって貰えない事への不安

・その状況であなたはほぼ自分の事しか考えていない

・まずは嫁を心配する事が先だろうが

・まずは嫁を安心させるよう声をかける事が必須だろうが

・どこの世界に苦しんでる本人に「見てる俺もパニックだから我慢して」と言う夫がいるんだボケ

・今後また低血糖起こしてもまた「どうでもいい」と言われて傷付く事を踏まえろという配偶者がどこにいるんだ

・あなたの性根が今またよく解った。悪いけど信用出来ない

 

 後半はほぼ激高に近い状態の私がまくし立ててしまったので、言いたい放題ですすみません……。

 「どうでもいい」という言葉をそのまま受け取らないでくれ、そういう意味じゃない、などなどダンナは必死に言ってきましたが、私がその状態でどうしてそこまで読み取れると思うのか、なぜその状態の自分の嫁に自分の事で我慢をさせようとするのか、こんこんとその後も話し合いました。私はダンナの言ってる事に納得が出来ない、という事でこの事は一旦保留。この出来事をお正月に私の実家に帰った時、両親に話してみて意見を聞いてみる事になりました。

 本当は低血糖で倒れそうになった事など、心配かけるので両親に話すつもりは無かったんですが、やむなくです。

 

 結果、両親は非常に憤りました。新年早々、重苦しくなるのは避けたかったので私が「暮れにこんな事があった、どう思う?」という軽い感じでダンナもいない時に話したのですが、結局重く受け止められました。それでもその時に両親がダンナに何か言うとかは無く、父が次に来た時、いいタイミングがあったらこの事で俺からも話しておく、と言ってくれました。父は感情を荒らげるタイプではないので、理路整然とダンナに伝える事も出来るだろうし、ダンナの言わんとする所も解ると言っていたので任せました。

 

 そうこうして帰宅してお正月も過ぎた頃、「聞いてみたの?」とダンナがその話を振ってきたので伝えました。「どうでもいい」はないわ、いくらダンナ君本人もパニックだからって、その言葉はだめだわ、と両親が言っていたのをそのまま。するとダンナはそこでようやく自分の言った言葉がまずかったと自覚したようで、謝罪をしてきました。おせーよって思ったけど。

 

・自分の事しか考えなかった事

・自分にとっては「どうでもいい」と言ってもいい言葉だったけど受け取った相手の事を考えてなかった事

・自分の器が小さい事

・傷つけてしまって申し訳ない

・心配しなかったわけじゃないのは解って欲しい。でもそれを言葉にも態度にも出さずに自分の保身ばかりで申し訳なかった

・今後また同じ事が起こっても、まずはチカコの事を第一に考える

 

 以上がダンナが謝罪してきた時に言ってきた事。

 

「気持ちは解りましたし、謝罪も充分です。でも信用がこれで挽回したとは思わないで下さい」

 

 と伝えてこの件は一応の終着です。で、つい昨日の事ですが、またしても私は低血糖を起こしました。夕方の一人でいる時間だったので、家族が帰ってくるまで倒れてたらやばいかなと思いました。意識はまだはっきりしてましたが、やはり予兆っぽいあの胃痛と手指の震え、激しい動悸と視界のかすみがあったので、昏倒する事を考慮してダンナに携帯メール。

 低血糖起こしてるので出来れば残業しないで帰って来て欲しい。それが無理なら対策を実行するので返事を下さい、と。意識がやばくなったらすぐに救急車を呼ぼうと思ってたので、家の鍵も開けておいたり保険証やダンナへの連絡先なども近くに置いたり、やる事があるので仕事中に申し訳ないけどそうメールしました。

 すぐに携帯に電話が来ました。もう終業時間なので残業しないで帰る、帰宅時間はこのくらい、飴を舐めてなさい、不安だったら実家のお母さんと電話をしていなさい、安静にしていなさい等々、私の話もうんうんと聞くし、「大丈夫だよ」と言ってくれました。

 

 やれば出来る! と思われた方もいらっしゃるかと思いますが、きっとこの二度目の為に頭の中で何度も何度もシミュレーションしたかと思われます(笑) でもぎこちなさなどは無く、頼られた事に安心していたようでもありました(現実的にみて頼るしか無かったんですけど)

 ダンナが帰宅後は「寝てな」と言って夕飯の支度までしてくれました。一品料理ですが、帰って来た娘も一緒にキッチンに立って、二人でわいわいとやってくれました。症状さえ収まれば動けるんですが「いいよーお母さん休んでなよ」と娘が言ってくれたので甘えました。いい子……!

 近くの内科では受診を断られた(これはうちじゃなくて耳鼻科ですって言われた)ので、ちょっと遠いけど調べて別の内科病院に行ってこようと思います。単なる低血糖なら慣れていけばいいですが、何か別の原因からの低血糖かもしれないですしね。更年期障害も出てますので、時期的、年齢的なものもあるかもしれません。でも自分で判断はせずに、行ってきます。

 

 ダンナは40代半ば、私は40代に入った所です。まだまだ元気に働いていかないといけないので(現在私は専業をやってますが)頑張ります。

 

 

 さて、子供たちの近況報告を。

 

 長男、来春で20歳になります。今はとある高専に通っていて去年の春から寮から下宿へ移りました。19歳ともなるとプライバシーがほぼ無い寮だと気の毒だったので、ボロ下宿ではありますが我が家の経済的にギリギリ範疇の所で。息子は寮から出られるならどこでもいい、むしろこのボロ下宿(ボロボロ申し訳ないですが昭和初期の建造でほぼそのままのレトロ感たっぷりで私は結構好きです)がいいそうです。ボロ故に男の子の荒い使い方も気にしなくていい(大家談)、他の住人に迷惑かけないならペット可、18歳までは彼女連れ込みは夜間はだめだけど19歳ならまあ気にしなくていいよ(大家談)、などなど大家さんというより「ここに住んでる時は私らは君らの父と母だからね」というスタンスで、悪い事したら遠慮なく怒るし父は手を上げるかもしれません、と、私達には大歓迎の方針だったのでその下宿にお世話になる事になりました。「病気の時は心配しないで、私らが病院に連れて行くし私らの子供は看護師だから、いざとなったら電話で状態話して聞く事も出来るから」とまで言って下さってて、遊びに行くと娘をすごく可愛がってくれます(下宿は男の子ばかりなので女の子行くと喜んでくれる)アットホームで、不便が無いわけではないですが、息子は「俺の城!!!」と大喜びでした。

 付き合って3年目の彼女ちゃんと、うちの家族も親交を深めて仲良くやってます。

 その下宿に入った月から息子が、「仕送りはもういらない。バイト代が入るし自分の学費も自分で払う。ただ下宿の家賃とかはお願いします」と言い出しました。寮から下宿へ移った事で、我が家の家計を心配してくれたみたいです。ただ、20歳までは親が養うのは義務で当たり前、学費も子供が負担する必要は無いし、衣食住と学費はこっちで払うと言いました。でも息子はバイト代の金額も伝えてきて、毎月これだけ稼いでいるから大丈夫、と言いました。

「親が出来る事はもうこれくらいしかないんだから、させてよ」と言うと息子は引き下がってくれました。でも、バイト代が全部小遣いになるので、毎月の仕送りは本当にいらない、と言うのでその部分を呑ませて貰いました。インターネットの使用料と電気使用料も自分で払うそうで、その辺は譲ってくれませんでした。

 ダンナに言うと「もう19なんだから、自立もしっかりやっていきたいんだろ。解ってやれ」との事。来春は20歳を迎えるし、もういよいよ親の出番はほぼ無い現在から、必要の無い未来に近付いてきてるんだなあ、と寂しさを感じる事もあります。

 あと一年で学校も卒業ですし、息子は大学に編入する気もなく就職を選ぶそうで、最近は就職先に関しての相談を受ける事もあります。もうすっかり、大人なんだなあ。

 

 長女。娘は14歳になりました。現在は中学二年、来春で三年生。受験の年になります。

 娘の食の好み、趣味、勉強が好き、生き物が大好きなどなど、父親のほうにとても良く似ています。顔は私と瓜二つです。部活動は文化系、週に2回の塾へ通い、恐ろしい事に勉強好きです……。好きというか、苦にはならないと言います。解らない所を解らないままにしておくのがもやもやして嫌なだけ、だそうな。勉強が得意ではなかった私には全然理解が出来ないんですが、娘のモチベが続く環境を作ってやるのが私の仕事だと思うので、なるべくそうしています。頑固な所があり、人間関係に悩む事もしばしば。聞けば話してくれるし、考え方がやはりダンナに近いので都度、お説教にはならないよう相談に努めています。

 時々、母子二人だけで出掛けてデートを楽しんだり、ショッピングしたり、同性同士の結束というのも出てきててダンナは少々蚊帳の外の時もあったり。思春期のこの時期、もっと父親を毛嫌いするかと思っていたらそんな事は無く、北国寒い冬場の最近は週末、私達の布団に潜り込んで暖を取りながら一緒に寝たりもしてくれます。

 でもなかなか、娘もダンナに口答えしたりするようにもなりました。父子喧嘩に発展する事もあり、モラっぽさをダンナが出した時には私が仲裁に入る事も。それでも仲の良い父子に思えます。なんだかんだとダンナは娘に甘い所もあります(笑)

 将来は大学に入り、もっと生き物の事を勉強したいそうです。前は生き物に関わる仕事をしたいと言っていたので、動物園の飼育員など本人も考えていたのですが、「私がやりたいのは動物の世話じゃなくて、動物の勉強だった」と気付いたようで、塾や学校の先生とも進路について話し合う機会も増えました。娘の目指す、やりたい学科のある大学がかなりの難関大学だったのですが、ひとまずそれに向けて努力をしていくようです。か、家計を絞ってこちらも頑張ります……。

 大学に入ったあと、研究をしていきたいとか、大学講師として働きたいとか、私が夢にも思わなかった夢を語ってくれる事もあります。目標を持つのはとてもいい事なので、私とダンナは全力で応援していくつもりです。

 

 今回、この記事の件のような事はごくたまーに起こりますが、「今は普通に暮らせてるかなあ」などを思う事もないほど、普通に平凡に暮らしているな、と最近思いました。ダンナと二人でスーパーに行けば、重い荷物のほうをダンナが持つのは当たり前だし、子供の塾への送迎なども普通に行うし、子供が「お父さん○○行きたいから車出せる?」と聞けば具合が悪くない限り要望に応えようとしてますし(ここはまだ努力でやってます。基本的に自分の時間を削られるのは嫌がります)、根本は変わらなくても考え方を変えたおかげでその考えが本人に定着し、妥協も覚え、私と衝突しないように言い回しを考えたりして円満にいってると思います。

 それでも今後私達夫婦がどうなるかは判りませんが、子供たちが割を食う事にはならないよう、今後も最大限努力してやっていこうと思っています。

 

 毎度ながらの長文にお付き合い下さり、ありがとうございました!

 

 


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