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ダンナが性的虐待を認めた日。

以前にもこの記事で少し触れたと思いますが、私がダンナとの夜を拒むようになった事についてです。

今一度発端から整理したいと思いますので、記事内容が性的な部分、生々しい部分があると思います。そういったものが苦手な方や嫌悪を感じる方は読まれませんよう、よろしくお願い致します。

 

 

 

発端は第一子を出産後、慣れない育児と産後の体で家事・育児を全て私一人で負担していたので、夜には疲労困憊であり、ダンナの誘いを数回に一度は断るようになりました。確か頻度としては週3〜4で求められ、そのうち1、2回は断っていたと思います。

 

断ってもダンナが了承する事はまずありませんでした。疲れている、を理由にしても「育児が疲れるのは当たり前。疲れない日などあるわけない。だったらこの先一生断るのか」と詰め寄られます。いつならできる、それは今出来ない理由になるのか、などなど色んな言葉で押し切られ、結果的に応じるしかなくなる状況を作られます。それでもやはりほぼ毎日求められる事に私は心底疲れ果ててしまい、一週間全て断った事がありました。

(断った、という事実だけで結局は無理矢理な形で行為に及ばれました)

 

そのうちに私が断ると、ダンナの言い分が段々と脅迫めいてきました。

「断るなら浮気してもいいって事だな?」

「俺が浮気したとしたら、お前がそうさせたんだからな?」

「俺に浮気されてもお前は文句言える立場じゃないからな?」

前面に「浮気」をちらつかせる脅しが多かったように思います。どうしても断るというのなら、私の奉仕のみで自分の性欲を満たしてくれればいい、とも言うので、私はダンナの性欲処理の道具のように思われているのだ、と感じました。

 

行為に及び、生理的に私が反応を示すのを「嫌だと言いながら感じる淫乱」だの、「本当はスキモノのくせに」だの、頭の中が真っ白になる言葉で締めくくられる事も多かったです。

 

中でも一番堪えたのがこの言葉。

「ソープにでも働きに行って、俺を喜ばせる技術身につけてきてよ」

今の私だったらこんな事を言われては、速攻で実家に帰ります。が、当時の私は毎日の言葉の暴力で麻痺しており、ここで反論しては暴力で返ってくると恐れ、何も答えない、何も反応を返さない事しか出来ませんでした。

 

毎夜のようにこのような事が行われ、次第に私は行為に嫌悪感を持つようになりました。そしてあの革命の日を迎え、やり直す事が決まり、ダンナが劇的な変化を遂げて平凡な日常を手に入れた後も、その嫌悪感は簡単に拭えるものではありませんでした。

一時期はその感覚が薄れた時もありました。しかし、やはり旺盛に求められ、疲れている日は断りたいと思う時は、当時の事が脳裏に蘇り、断る事ができずにいた時もありました。

 

そうこうしているうちにどうやら私に更年期障害が訪れ、一番酷かった睡眠障害で精神的にも肉体的にも疲弊していた頃、これでは応じる事はおろか、断るにも感情的になりいらぬ喧嘩に発展するかもしれない、と思ったので、ダンナと話し合う事にしました。

 

・睡眠障害のおかげで一日中、疲労感を感じている事

・いつ治る、とは約束できない症状だが今は自分の回復に専念させて欲しい事

・そういう事もあり、夜の行為を減らしたい。そして断る事もあるので受け入れて欲しい事

 

ダンナは快く了承してくれたので、安心しました。

ところがこの辺り、ダンナと私の認識にすれ違いがあったようで、一ヶ月もすればダンナはまた以前と同じように求めてきました。その都度、応じられる日は応じてきましたがどうしてもダメな時は断りました。その際、ダンナは「なんで?」と聞いてきます。以前に話し合った内容だと前置き、もう一度説明します。不服そうにしながらも了承してくれます。そしてまた数週間後に「なんで?」と、覚えている限り三度はそれを繰り返しました。

私は不眠症で疲弊していました。眠いのに、眠れない。から、寝たいのに、布団に入るとダンナに求められてまたあの問答を繰り返さなければならない、に変わっていき、益々不眠に拍車がかかり精神的にボロボロでした。

病院にかかる事を考えてましたが転勤、引っ越し準備でそれどころではなくなりました。それに引越し後は環境も変わったせいか、酷い状態からあっさり眠れる状態になりました。

 

引越し後から落ち着いてきた頃、再びダンナから求められる事が増えました。応じておりましたが、やはり歳も40過ぎると私のほうに性欲減退が著しく、断る事もありました。そうするとまたダンナの「なんで?」が復活したのです。

私は再び、ダンナと話し合いました。その時、自分は行為に対して嫌悪感を持っている事も、過去に受けた行為にまつわる言葉の暴力、無理矢理な行為、それらが思い起こされてしまいどうしてもダメな時があるので、断った時に「なんで?」といちいちほじくり返して欲しくないのだ、と伝えました。

そうするとダンナは「わかった」と、真摯な目で了承してくれましたがその二ヶ月後にはまた、「なんで?」を聞きました。

 

笑っちゃいけない真剣な事なんですが、もう笑ってしまいましたその時は。乾いた笑いというのでしょうか。その後は大喧嘩というか私に怒鳴られダンナが「そうだった……」と反省していたと思います。どうも忘れてしまう、とダンナが呟いてたのが耳に残っています。つまり、忘れてしまうほどダンナには軽い認識だったのかな、と。

 

まあ、忘れたら忘れたでまたその都度説明するしかないか、と腹を括って過ごしていました。ところがある晩、仕事の飲み会で酔って帰って来たダンナは上機嫌だったのですが、布団の中で会話をしているうちに何がどうヒートアップしたのか、がばりと上体を起こすと涙声で行為を断る私への不満、睡眠障害で家事の滞ってる部分への不満を大声でぶちまけ始めました。

いや、家事が滞ってる所は本当に申し訳ない。睡眠障害を理由にしちゃいけないよな、と自分も反省すべき点も勿論あります。そう思ってるとダンナの「こんなんじゃ離婚するしかないって思ったり……!」という言葉に久しぶりに頭真っ白になりました。

 

ダンナは布団を飛び出し、タンスなど押し込んである部屋に篭もりました。どうやら頭を冷やしたいらしいです。これをスルーして翌日何事もなかったかのように……とは出来そうもなかったので私もその部屋に行きました。ダンナは「放っておいて」とは言うのですが、私は座って話しました。

この時の事がおぼろげで、鮮明に記憶が残ってるのは一部分なのでかなり端折った記述になってしまいますが、ダンナの抱える私への不満が、離婚事由に匹敵するというような事を話しているのを聞いて私も何かが切れてしまいました。

「その程度で?」

という事を言ってしまったと思います。相手の思う事を自分の物差しで決めつける事はしないようにしていたのに、もうなんだか自分でもわけが解らなくなり抑制が効かず、ダンナの気持ちを逆撫でするような事を言ったと思います。この辺記憶が曖昧になってるなんて、都合の悪い部分を消去してるみたいですごく申し訳ない。しばらく静かな言い合いをしてたと思います。私はなるべく行為に対する嫌悪感には触れずに、夫婦間の大事な問題として話し合ってるつもりでした。

ダンナが少しの沈黙のあと、こう切り出してきました。

 

「俺は……昔、お前に性的虐待をしていたと思う」

 

その言葉を聞いた途端、私は激しい嗚咽と脱力、突然大量に溢れた涙に自分でびっくりしながらも、嗚咽を止められず喋ろうにも獣のような叫びしか出ず、倒れ込んだ状態のまま吐き出すものもないまま、気持ちの悪い何かが込み上げてくるのを必死で抑える事しか出来ませんでした。

後になって思ったのですが、「性的虐待」という言葉で一気に当時の光景が生々しく蘇ったので、強いストレスと激しい拒否でそうなったのだと思います。ダンナはその時、背をさすってくれていたような気がします。ごめん、ごめん、とずっと謝っていたような気もします。嗚咽が少し収まってきた時、言いようのしれない怒りが私に込み上がってきました。

鮮明に覚えている記憶はこの部分です。

 

「何が離婚だ、私に性的虐待までしておいて、私はあれを虐待なんて生易しいものと思ってない。あれはレイプだ、私の心を一番惨たらしくズタズタにしたのはソープで働いて自分を喜ばせる技術を身に付けろと言った、あの言葉だ。私をあんたの性欲処理の道具にしたからだ。なんでなんでと、何度も理由を忘れてはまたその酷い記憶をほじくり返されて自分の口から言わなければならない、それでどうして行為に対する嫌悪が一週間程度で消えると思うのか。行為を断るから不満だ、セックスレスは離婚理由になる、確かにそうだがどう考えてもそこまで私を追い込んでいたのはあなただ。悪いが”えっちしてくれない”なんていう不満なんて、そんな程度だ、暴力とレイプに耐えてしまった10年間、私からしたらそんな程度だ。そんな程度で離婚だと言うのなら、なぜあの時離婚に応じてくれなかった! 今更何を言っている! その程度で離婚を考えるほど辛いのなら、あの時離婚を撤回した私の気持ちはなんなんだ!」

 

酷い嗚咽と吐き気に襲われながら、もっと荒い言葉でダンナを罵りました。こんなふうに罵ったのは、革命のあの日、歯の根をガチガチ言わせガタガタと全身を震わせて叫びながら罵ったあの日以来だと思いました。その後、ただただ声をあげて泣きました。セックスが心の底から嫌いだと言いました。ただのスキンシップはなんともありませんし、大好きです。でもそこに性的な何かを感じ取ると体が拒否してしまいます。無理に応じて自分が生理的に反応をする事にも、嫌悪を感じてどうしようもなくなります。

 

ですが、こうして罵った事を私は後悔しています。未だに私だけが、当時の気持ちに縛られているようで、全く変わっていなかったのかと落ち込みました。むしろ行為に関しては悪化した気さえしています。ダンナはこの時もずっと、黙って私の罵りを受けていました。それからは求められる事も減り、「なんで?」も無くなりました。

 

前回、もうダンナはモラハラじゃない、と締めくくった記事を上げました。この出来事はその記事を上げるよりもずっと前の出来事です。あれから月日が経ち、まだ数回ではありますが私から求めるようにもなりました。きっとダンナは耐えています。今、酷い事を強いてるのは私のほうだろうなと思いつつも、「元通り」になる事を信じて今はダンナに甘えさせて貰っています。ダンナが思うよりも、私自身が思うよりも、ずっとずっと根の深かった部分をダンナに全て晒しました。あれから10年以上経っているのに今更……ですが、形はどんなであれやっと私がその部分をダンナに伝えられるようになりました。ダンナに申し訳ない、申し訳ないと思うのに「あんたが原因で!」とは言えない、と、今まで言葉を濁してきたり避けてきたりしたのも失敗だったかなと思います。

 

こうして記事にするのでさえ、時間が経ってからじゃないと纏められないなんてちょっと情けないなあと思ったり。

 

この出来事、賛否両論あるかと思いますが、全ての原因はお前だ、とダンナに押し付けてしまった私が悪いと思っています。現在進行形でその形に甘えているので、お叱り覚悟です。こんな記事内容では信じて貰えないかもしれませんが、ダンナが居酒屋のお姉さんと仲良く喋ってるのを見て嫉妬したりします。ダンナの事は今はとても大事で、大好きです。だからこそ、行為への嫌悪感をどうしたら改善出来るのか、前向きにダンナと取り組んでおります。これについてはまだまだ時間がかかりそうですが、二人で頑張っていきます。

 

長文にお付き合い下さり、ありがとうございました。

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