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再び新天地へ。
またもや転勤により新天地へ引っ越し、落ち着いてきたので区切りに近況報告を。
前回の記事は操作ミスで投稿直前に白紙になっちゃった内容を思い出しつつ、我が家の子供達の成長も綴ろうと思います。やはり長文になるかと思いますので、続きの記事へ収納します。
結婚してからかれこれ5回目の引っ越しになります。でも、やり直しになってからは2回目の引っ越しかな。勿論今回も主導権は私に。業者との交渉、打ち合わせ、荷造り、これをほぼ私一人で行うので私主導でなければスムーズに事が運べませんからね。

前回の引っ越しの時に作った記録と虎の巻のおかげで、やる事や必要な連絡先は難なく揃えられました。うちの職場は内示が遅くて、いつも3月中旬の発表。4月1日赴任なのに約2周間しか猶予が無く、しかも職場からのフォローなど皆無なので全てが自力。職員からさんざん批判されてようやく「内内示(内示の内示)」という形で3月上旬に発表されるようになりました。おかげで猶予が1週間増えました(それでも家族まるごとの引っ越しにはギリギリの期間ですが)

まあ、大きな家具はもう殆ど処分しましたし、衣装ケースなどは中身入りで運んで貰える業者が殆どですし、前回の見積もりでは5トントラックだったのが今回は4トントラックになりましたから、荷物減らしは中々順調かと。それでも体力が大幅に削られる引っ越し作業は大変です。前回よりも5年分、私も歳を取っていますし年々身体がついていかなくなる、という言葉を痛感しました。息子が既に家を出て下宿暮らしというのもあって、荷物が大幅に減っています。

元モラダンナ、毎度しつこいようですが本当にここ数年、これがあのモラをしていたダンナなのかと思うほど殆どモラの無くなったダンナなのであえて「元」をつけさせて頂きますが、この元モラダンナは引っ越しなどの「精神的に追いつめられる事」があった場合に再びモラを出すだろうなーと思っていたのですが、全くありませんでした。心配性なのは相変わらずなので、引っ越しが決まった時、互いに「ホウレンソウを心がけよう!」と約束してありました。些細な事でも「業者が見積もりにきたよ!」とか「職場からこういう書類貰ったよ!」とか報告し合いました。正直、私はダンナの職場でダンナがどんな書類を貰って提出したと聞いてもさっぱり訳が解らないんですが、報告し合ってお互いを把握するのはダンナにとって「引っ越しの進捗度」が把握出来るので私は徹底しました。

時々ダンナが「ホウ」を忘れたんですけどね!(笑)

怒涛の忙しさになるとイライラしやすく、ケンカにもなりやすかったですね。でもケンカしてもやっぱり「モラだ!」と思う事が無かったのでただのケンカなのでしょう。無事に引っ越し終えて今度は片付けに大忙しになった時、ふとした事でまたケンカになって、なんとか収まってきた時にダンナが「そういうわけで、作業するなら午前中に頼むわ」と言った時にはリアルで「まてまてまてえ!」とツッコミました。「早く日常生活に戻りたい、まずはここを戻したいそこをそうしたいって希望は働きに出るあなたの体調を優先してそうするけど、午前中だけやってくれって矛盾すぎないか。自分の為すぎないか。一緒に生活してる私達は作業員ではないのだよ?」と言うとダンナは「しまったー!」という顔をしました(笑)

単にダンナは出勤に備えて身体を休めたいので、休日の作業は午前中だけにしたいって思っただけなのは解ってるのです。ダンナの課題は「言い方」「伝え方」ですね。「自分の為にそうしてくれ」と伝わりかねない言い方だよと言うと素直に謝ってきました。心底「やっちゃった;;」感が表情に表れててムカついた気持ちは吹っ飛びました(笑)

ちまちまとこうした事は起こりますが、モラの片鱗とは感じなくなりました。伝え方が不器用すぎるのです。育った環境や生き方にそれは由来していて、だけどこうして相手に意図しない伝わり方をするのだと何度も繰り返していると、すごく言葉を丁寧に選ぶようになりました。選びすぎて一回りして結局同じ事になる事もあるのですが、私はいちいち目くじらを立てなくなり、やんわりと「こういう事?」とダンナが伝えたいだろう気持ちを別の言葉で言い換えると「そうそう、それだ!」と喜び、そう言えばいいのか、と納得してくれます。そうして積み重ねてきた今、ダンナの余裕を奪う「引っ越し」という行事があっても普通のケンカ(という言い方もなんだか可笑しいですが)で済んでます。

やり直しを選んでから何年でしょう。10年ですかね?
私も耐えましたが多分、それ以上にダンナも耐えました。真摯に受け止め、自分のプライドも考え方も一旦全て崩し、新しい価値観を得ようと必死だった事が伝わる10年でした。あの地獄の10年と同じだけ時をかけて、結婚20週年を迎えました。別に特別な事はしませんでしたが、食事の時に「これからもよろしく」とダンナが声をかけてくれたのが、とても嬉しかったです。気が付くと10年で、随分いい方向に再構築されたのではないでしょうか。油断は出来ない、と思いながら暮らしていた最初の頃とは裏腹に、ダンナも私も油断しまくって太りました。あちゃー。
(私の場合は「更に」を付けるのが正しいですが)

それでは子供達の成長を。

息子、4月で19歳になりました。
中学卒業後、5年制の専門学校へ進学し(すみません最初4年制になってましたが間違いです。5年制です)、3年間は寮の生活を。今年の4月から下宿に移りました。普通の高校で言えば高校三年生になるまでは規律の厳しい寮生活をして貰いました。プライバシーもそろそろ厳重に守りたい年頃ですし、2年お付き合いしている彼女もいますし、とても古い所ですが下宿生活開始です。ある程度寮よりは自由を得られます。
元々自立心の高い子でしたが、まさか中学卒業で家を出る事になるとは思わず、息子溺愛の私は進学希望のこの学校を聞いた瞬間に「だめ」というよりは「嫌」を連呼して半べそです。周囲からマザコンを心配されていた息子はものの見事にマザコンにはならず、「これを機会に母さんも俺から卒業したら」と逆に説得されてしまいました。情けない親ですが「嫌だ卒業したくない!」と正直に答えたバカ親です……。家を出る事にも進学先の学校にもダンナはなんら反対する事無く、息子が自分で考えた将来像を持って進路を決めたのだから、何も言う事は無い、とダンナが親の株を上げてました。
しかし、中学校側からも推薦も貰えないギリギリ圏外な息子でしたので、付け焼き刃的に学習塾にも(本人の希望で)行かせましたがそこでも難色を示され、でもやれるだけやってから砕けたいという息子を周囲も応援する事にしました。多分本人も本当に「ダメ元」だったと思います。合格の倍率は20倍越え……国立の専門学校なので滑り止めに公立も受ける事に。奇跡的に受かった、とは誰も言いませんでした。息子、めちゃくちゃ努力しました。プレッシャーとイライラで私に八つ当たった事もありましたが、そういう自分と物凄く戦って、不眠になって、すごく色々な事があった受験の年でした。ハラハラしたり消化のいい夜食を作ったり、無理して学校や塾に行こうとする息子を止めて学校にも塾にも事情を説明して、1日休ませて息子がぐっすりと睡眠を摂ったあと、明け方まで一緒に格闘ゲームをしました。その時、夜中に息子がこっそり携帯メールを見せて来ました。同じ家の中にいるのに、ダンナからメールを貰ったと言うのです。長文だったのであまり内容は覚えてませんが、そこにはこんな事が書かれてありました。

「不安だから頑張る気持ちは解る。解るけどその頑張り方、お父さんは真似出来ない。息子はお父さんとは違う頑張り方だから、お父さんはどうこう言わない。ただ、体を大事にして欲しい。たぶんこれもお母さんや先生に言われて息子も良く解ってはいると思う。でも今は息抜きしていいんじゃないかな。お母さんに当たって泣かせるのも良くないな。思いっきり休んでまた思いっきり頑張ればいいよ」

このメールでちょっと肩の力が抜けたそうです。「親父、めちゃくちゃ言葉選んでる」「そうだね、めちゃくちゃ優しく言おうとしてる」と二人で笑って(私はちょっと泣きそうだった)また格闘ゲームしました。
合格の報せを受けた時、勿論号泣ですわ。息子が引くぐらい(笑)


娘、13歳になりました。今年で14歳になります。
小学校、中学校と二度に渡ってお友達とのお別れを体験しました。泣いて笑って、とにかく明るい子で我が家はいつも花が咲いたようです。同性同志という事もあり、娘と私は二人で出かけたり二人でお喋りしたり仲良しだと思います。時々友人関係で相談事もあります。小学生の頃は問答無用でお父さん大好きでした。実は今も、かなりお父さん大好きな子です。私達夫婦の寝室は狭いのに、今も時々一緒に寝ると言って布団に入ってくる甘えっ子です。というか私と一緒に、よりもお父さんと一緒に寝たい時があるらしく、布団が狭くて私の寝る場所無いよと言うと「お母さん私の部屋で寝ていいよ」と……そう言われたら無理やりにでも布団に入りますがね(笑)
動物が大好きで、動物の生態に非常に興味が高く、将来は動物に携わる仕事をしたいと言うので獣医さんとかトリマーとか? と聞くと、「違う、ペット相手じゃなくて」と言われびっくりしました。自然調査や野生生物の調査員とか、せめて動物園の飼育員にと本人は望んでいます。「生き物の事をもっと勉強したい」というので高校卒業後、そういった動物や自然の専門学校があるのでそこを目指すようです。学びたい欲の強い子で、勉強もそんなに嫌いではなく、中学に上がってからすぐに「塾に行きたい」と言い出しました。遊ぶ時間もなくなるよ、と言いましたが、先に挙げたその自然や動物の専門学校に入るには、少しでもランクの高い高校へ行きたいからと。その学校、人気が高くて倍率も高いらしいのです……。兄を見ていると将来を自分で考え、自分で決めた進路に進んだほうがすごく楽しそうだと思ったらしいです。娘を成長させたのは紛れも無く息子です。


ダンナ、44歳。今年で45歳になります。
言動では頼りない所もありますが、最近はスモーク作りや漬物作りにハマり、台所に立つ事が多くなりました。その延長で私と一緒に料理をしたり、コミュニケーションもたくさんあると思います。相変わらずパソコンのゲームは常にやってますが、家族を邪険に扱う事もなく、構ってとねだる小さい子供がいないせいもありますが家族仲良く暮らしています。何かと娘を構ったりちょっかいを出したりするので時々娘に嫌がられてますが、どうやら心底娘が可愛いみたいです。引っ越して新しい中学校の制服を着てみたら、いそいそと部屋から出てきて娘の姿を眺めてました。

最後に私、41歳。今年で42歳になります。
去年くらいに一時期不眠に悩みましたが、どうもちょっと早い更年期を迎えたせいだったようです。不眠でイライラ、情緒不安定になった時、ダンナがどっしりと構えて「眠れないなら空き時間増えたラッキーと思って読書なりネットなりして、楽に過ごせばいいよ」と言ってくれたおかげで、今は殆ど不眠の症状も改善され、引っ越し疲れもありぐっすり眠ってます。不眠時期に甘えさせて貰ってからずっとダンナのお弁当を作ってなかったので、新天地で落ち着いて来たしそろそろ復活を、と思ってます。
ちなみに以前ちょっとお話した夫婦間の夜の話ですが、私のほうが一時悪化して行為そのものに嫌悪を持つようになった時に話し合い、理解を得ています。全くのレスというわけではありませんが、ダンナが私の気持ちを尊重してくれています。そうしてくれていると不思議な事に、かなり嫌悪感は消えてきています。ダンナは待っていてくれてるようです。


やり直しから10年。この10年間は私達家族にとって、物凄く意味のある濃い時間でした。親の修羅場など本来は子供に見せるもの、報せるものではないと思いますが、当事者であった息子は勿論、何も知らなかった娘も今は「こんな事があった」程度にですが知っています。子供にわざわざ教える事については賛否あるかと思いますが、親もこうして間違えたり争ったりやり直そうとしたりするのだと子供に知って欲しくて伝えました。特に人間関係で悩む事の多かった娘に、後悔も失敗もある事なのだと教えたくて、だけど決して「こうなっても立て直せばいい」ではなく「こうならない為に」考えて欲しかったという思いからです。モラは連鎖する、これを私は気にしているのかもしれません。傷付く人、傷付ける人、その2種に分けるだけではなく、傷付けた人も傷付いているかもしれない、逆に傷付いた人も傷付けていたかもしれない、と「気付く」事も大事だなあと心底私は思うのです。

長文にお付き合い下さりありがとうございました。
| あれからの我が家 | 18:14 | comments(1) | - | pookmark |
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